神戸地方裁判所 平成9年(ワ)1929号 判決 1998年10月29日
原告
植松勝義
ほか一名
被告
朝日リース株式会社
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らそれぞれに対し、各金二三三四万一八七八円及びこれに対する平成八年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、左記一1の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した訴外植松雅之(以下単に「雅之」という。)の相続人(両親)である原告らが、被告に対し、自動車損害賠償補償法三条に基づき損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 事故の発生(争いがない。)
(一) 発生日時
平成八年一〇月三一日午後一時五五分ころ
(二) 発生場所
大阪府枚方市南中振三丁目二番二三号先国道一七〇号線上
(三) 関係車両
訴外松木昭四郎(以下「松木」という。)運転の普通貨物自動車(二トントラック―ダンプカー―。以下「加害車両」という。)
雅之運転の自動二輪車(以下「被害車両」という。)
(四) 争いのない範囲の事故態様
渋滞している国道上において、南進してきた加害車両が、右折して路外に出るため、渋滞している対向車両の間隙を抜けようとしたときに、渋滞車両の左側を被害車両で北進走行してきた雅之(昭和五二年九月一四日生。当時一九歳)が、加害車両を避けようとして、道路脇の鉄柱に激突した。両車両は、接触はしていない。
2 雅之の死亡(争いがない)
雅之は、右事故により、脳挫傷等の傷害を負い、一二日後の同年一一月一二日に死亡した。
3 原告らの地位(弁論の全趣旨)
原告植松勝義及び原告植松英子、雅之の父母であり、雅之の権利義務を二分の一ずつ相続した。
4 被告会社の責任原因(弁論の全趣旨)
被告会社は、加害車両の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者に当たる。
5 損害の填補(争いがない。)
原告らは自賠責保険金三〇二一万四一一〇円を受領している。
二 争点
1 免責、過失相殺
(一) 被告の主張
本件事故は、雅之が渋滞車両の左側の路側帯を、前方をよく見ずに、高速度で走行したために発生したもので、松木には過失がない。加害車両には構造上の欠陥又は機能の障害はなかったのであるから、被告会社は免責される。
仮に、責任が否定できないとしても、大幅な過失相殺がなされるべきである。
(二) 原告らの反論
松木は、渋滞車両が進路を譲ってくれるのを見て右折しようとした際、右折を急ぐあまり被害車両に対する注意を怠った過失がある。
2 損害額
第三争点に対する判断
一 争点1(免責、過失相殺)について
1 事故の発生状況を見る。
前記争いのない事実に証拠(甲五、六、七の1ないし4、八、一三、一四、乙一ないし六)を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故は、アスファルト舗装された片側二車線の国道上において発生したものである。北行き車線の幅は六メートルで、路側線(実況見分調書での用語)と歩道の間に幅一・四メートルの外側帯(後記のとおり。)がある。この外側帯を被害車両は走行していた。路面は平坦で、制限速度は五〇キロメートルである。事故当時路面は湿っていた。
歩道(幅約二・七メートル)は車道より約一五センチメートルほど高い。歩道の西側には柵を隔てて幅約五・一メートルの川が流れ、川の西側に並ぶ事業所等の各敷地へは、それぞれの敷地ごとに、歩道の段差を無くし、柵は設けず、橋を架けて、車道から出入りできるようにしてある。
(二) 松木は加害車両を運転して、国道を南下し、右折して川の西側にある工事現場に進入しようとしたが、対向の北行き車線が渋滞していたので、道路中央ゼブラマーク内で右折の合図をして停車し、車の切れ目を待った。
(三) やがて、右折の障害となっていた対向車両が、二車線とも前進して、スペースを空けてくれたため、右折を開始した。
そして、対向車列を横切り終わろうとしたとき、対向車道の路側線の外側を北進してくる被害車両を発見し、急ブレーキをかけて停止した。停止位置は加害車両の右前端が、路側線にかかる辺りであった。このとき、対向車線上には、二メートル及び七メートルほど南に、四輪車が停止して、加害車両の通過を待っていた(その車種や車高を認めるべき証拠はない。)。
(四) 雅之の運転する被害車両は、路側線の外側を南から北に向けて走行していたが、加害車両の前方を横切ったあと、歩道の縁石をこすりながら前進して、加害車両より約八・九メートルほど北の歩道端に設けられていた鉄柱に激突した。雅之と後部席の同乗者は、鉄柱の根元や道路に投げ出され、二人はともに内蔵破裂により死亡した。転倒した被害車両が停止したのはさらに一〇メートルほど先であった。
(五) 西側歩道にいて、加害車両が右折しようとしてくるのを見ていた目撃者は、加害車両がストンと停止したと同時にその前を単車が横切り、そのまま鉄柱にぶつかった、と事故の模様を説明している。
(六) 松木の説明によると、発見時の被害車両までの距離は約一二・七メートル、発見時の位置から停止地点までの加害車両の移動距離は約一・八メートルであった。
右によると、右折中の加害車両の速度は時速五キロメートル程度と推定される(時速五キロメートルは秒速一・三九メートルであり、発見後制動開始までの空走時間は一秒程度が通常であることによる。)。一方、北進してきた被害車両の速度は、松木が発見したときの地点から鉄柱まで約二一・六メートルを、松木がこれを発見してから停止するまでの時間一秒余より僅かに長い程度の時間で走ったことになることからして、時速五〇キロメートル程度は出ていたと推定される。
(七) 被害車両が加害車両に接触していないことからすると、雅之は、渋滞している車両の切れ目から加害車両が進出して来ようとしているのを見て、これを避けようとしてバランスを失い、立て直すことができないまま、鉄柱に衝突したものと推定される。接触もしないのにバランスを失ったことや、加害車両が停止できたのに、被害車両は停止できずにバランスを失ったままかなりの距離を進んでいることからしても、相当な速度がでていたことが推定される。
(八) 実況見分調書では、被害車両が走行していたのは、「路側線」の左側とされる。この線は、道路上に、白線の破線(およそ二メートル毎の点線)で表示されている。本件の道路には歩道があるから、この路側線の左側は、車両の通行が禁止される道路交通法上の路側帯には当たらないが、一・四メートルの幅しかなく、しかも付近には、二輪車通行帯としての区分線であることを示す標識や標示が見当たらないことからして、二輪車通行帯でもない。この線と歩道との間は、道路構造令にいう側帯または停車帯と解され、いずれにせよ、自動二輪車の通行を予定した部分ではない(本件では便宜、「外側帯」と呼称する。)。
(九) 本件現場付近では北進車線は車両が渋滞することが多く、南下した車両が右折して川の西にある敷地に入ろうとすると、右折態勢で長く待機して南進車線の通行を妨げるばかりでなく、二車線を横切るため北進車線の交通を妨害することも甚だしいし、あるいは北進車と事故を起こす危険がある。このため、この付近では南下右折は避けて、いったん通過して、どこかでUターンして北進車線から左折して進入する方が望ましく、現に、本件現場の一〇〇メートルほど南側の事業所では、そのような指導をする看板を設置しているほどで、南下右折する車両は稀である。
2 右事実に基づいて考える。
(一) 本件事故現場は交差点ではないこと、対向車線が渋滞していても、その外側に二輪車が通行可能な外側帯があるとき、渋滞車両の陰を二輪車が進行してくることは容易に予測できるところであること、付近は南下して右折する車両は稀であることを考慮すれば、松木には、右折開始時に対向車線を近づいてくる車両の安全を確認するだけでなく、開始後も、渋滞車両の陰となる外側帯を北上してくる二輪車がないかに細心の注意を払って、安全を確認しつつ進行する義務があったものと言うべきである。
加害車両の右折中の速度は時速五キロメートル程であったと推定されるが、松木が被害車両を発見した地点は一二・七メートルの至近距離であって、同人運転の加害車両は小型ダンプカーで車高が高いことからすれば、右折進行しながら、常時北進して来る車がないかを注視し、さらに徐行して進行していれば、もっと早く被害車両を発見することができ、あるいは自車が外側帯内に進出しかねまじき勢いを雅之に見せることもなく、それによる雅之の動揺を誘うこともなかったというべきであるから、松木に過失があったことは否定できない。
(二) 他方、被害車両は、制限速度を越えていたとまで認めるべき証拠はないが、渋滞中であって右方への見通しが極めて悪いにもかかわらず、外側帯上をかなりの速度で走行していたこと、左側には、川の西にある敷地へ出入りするための橋が随所に設けられていて、稀とはいえ対向右折車両があることは予測できたこと、渋滞車両に切れ目があれば、右折車等の存在を予測すべきであること、被害車両は加害車両には接触しておらず、単に発見が遅れたために、動揺して平衡を失ったものと推定されること、などの事情を総合すると、雅之の過失は重大である。
(三) 以上のような松木の過失と雅之の過失の双方を彼此斟酌すれば、雅之には、本件事故の発生について、六割の責任分担をすべき過失があったものとして、その被った損害の六割について過失相殺をするのが相当である。
二 争点2(損害額全般)について
1 逸失利益 三〇九三万五二〇二円(請求額四九二五万二〇九七円)
雅之は、事故当時一九歳であって、当時大阪電気通信大学一年生であったと認められる(弁論の全趣旨)から、当裁判所に顕著な事実である平成八年度賃金センサスによる、産業計、企業計の大学卒業男子労働者の二四歳までの平均年収額三一九万六〇〇〇円を算定の基礎とする。収入に対する生活費は五〇パーセントと見るのが相当である。三年後の大学卒業後の二三歳から、一般に就労可能年齢とされる六七歳までの収入から、新ホフマン方式により中間利息を控除すると、雅之の死亡による逸失利益は、次の計算式のとおり三〇九三万五二〇二円となる。
3,196,000×0.5(22.9230-3.5643)=30,935,202
2 死亡慰謝料 二二〇〇万円(請求額同額)
本件に顕れた一切の事情を考慮すると、雅之の死亡についての慰謝料は、二二〇〇万円が相当である。
3 治療費 一四万五七七〇円(請求額同額)
証拠(甲三の1、2、四の1、2)によれば、治療費一四万五七七〇円を認めることができる。
4 葬儀費用 一二〇万円(請求額一五〇万円)
本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は一二〇万円と認めるのが相当である。
5 損害総額
以上の損害額の合計は、五四二八万〇九七二円となる。
6 過失相殺
右の金額に、前記認定したところにより、六割の過失相殺をすると、二一七一万二三八八円となる。
三 結語
原告らが、雅之の死亡につき、自賠責保険から、既払金三〇二一万四一一〇円を得ていることは前記したとおりである。
そうすると、すでに、雅之の死亡による損害は填補されたことになるから、原告らの本件請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。
よって、これを棄却することとし、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 下司正明)